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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2557号 判決 1996年12月25日

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人らに対し、原判決別紙物件目録一及び三記載の不動産につきそれぞれ平成六年四月六日遺留分減殺を原因とする持分六分の一の所有権移転登記並びに同目録二記載の不動産につきそれぞれ同日遺留分減殺を原因とする持分一二分の一の持分移転登記の各登記手続をせよ。

3  被控訴人の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人ら

1  内容証明郵便による遺留分減殺の意思表示の到達

控訴人ら代理人は、被控訴人に対し、平成六年九月一四日、被控訴人の意向に沿って遺産分割協議をしたい旨の手紙を出し、被控訴人は、これを受領したのであるから、控訴人らが遺留分に基づいて協議する意思を有していることを極めて容易に予想できたものである。右事情に加えて、控訴人らの遺留分減殺の意思表示を記載した内容証明郵便が差し出されたのが延子の死亡の日からまもなく一年が経過するという差し迫った時期である上に、右内容証明郵便が控訴人らの代理人から差し出された郵便であることが明らかであるから、被控訴人としては、右内容証明郵便を現実に受領していなくても、右内容証明郵便が遺留分減殺請求の書面であることは、容易に認識できたものというべきである。

以上によれば、控訴人らの右内容証明郵便による遺留分減殺の意思表示は、被控訴人が了知しうる状態にあったものというべきであるし、控訴人ら代理人としては、被控訴人から、右内容証明郵便に対する返答を受領した以上、常識上なすべきことをなし終わったものというべきである。

2  普通郵便による遺留分減殺の意思表示

控訴人らは、被控訴人に対し、平成六年九月一四付け普通郵便で、遺産分割協議の申出をし、被控訴人は、これを受領した。右普通郵便には、延子の公正証書遺言の存在と被控訴人の養子縁組が有効であることを認め、遺産分割協議をしたいとの申出が記載されていたのであるから、遺留分減殺の意思表示が包含されていたというべきである。

二  被控訴人

控訴人らの遺留分減殺の意思表示が被控訴人の支配圏内に置かれたものというためには、遺留分減殺の意思表示を記載した書面が相手方又は相手方と同視される者に交付されるか、それらの者が右書面を受領するか、右書面を相手方の郵便受函に投入するなどの現実の行為が必要であるところ、控訴人らの遺留分減殺の意思表示を記載した内容証明郵便は、被控訴人が受領する前段階で、発信人たる控訴人ら代理人小川弁護士に返送されており、被控訴人の所には何の形跡すらも残っていないのであるから、右内容証明郵便が被控訴人の支配圏内に置かれたものとはいえない。

また、控訴人らの遺留分減殺の意思表示を記載した内容証明郵便は、平成六年一〇月、一一月と再度返信されたのであるから、被控訴人の自宅を知っている控訴人らは、その後直接被控訴人の自宅に行くなり、又は他の方法(例えば、執行官による差置送達等)による送達をすることが可能であった。ところが、控訴人らは、その後においても、他の方法による送達ができるのにもかかわらず、これを怠り、無為に過ごした。その不利益を被控訴人に負担させることは、公平上許されない。

第三  証拠(省略)

理由

一  当裁判所も、控訴人らの本件請求は、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり当審における当事者の主張についての判断を付加するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  内容証明郵便による遺留分減殺の意思表示の到達について

控訴人らは、被控訴人に対し、平成六年九月一四日、被控訴人の意向に沿って遺産分割協議をしたい旨を記載した普通郵便を出し、また、被控訴人は、遺留分減殺の意思表示を記載した内容証明郵便が、延子の死亡後まもなく一年が経過するという差し迫った時期に控訴人らの代理人から出されたことを知っていたのであるから、右内容証明郵便を現実に受領していなくても、右内容証明郵便が遺留分減殺の意思表示を記載したものであることを容易に認識できたものである旨主張する。

しかし、被控訴人は、当審における本人尋問において、小川征也弁護士から、平成六年九月一四日付けの手紙(甲六号証)を受け取ったが、内容がよく分からなかったので、返事も出さず、平野隆弁護士に相談に行って、そこではじめて遺留分減殺という言葉を聞いたが、その計算式等の遺留分減殺の詳しい内容は聞いていない旨供述しているところ、これに、右手紙を受け取る前に控訴人らから遺留分減殺の意向が示されていないこと(当審における被控訴人本人尋問、弁論の全趣旨)及び右手紙の内容が「貴殿のご意向に沿って分割協議をすることにいたしました。」という極めて簡単なものであって、控訴人らが遺留分減殺請求権を行使することについては全く触れられていないことを併せると、被控訴人が、右手紙を受け取ったことによって、控訴人らが遺留分に基づいて遺産分割協議をする意思を有していると予想することは困難であるというべきである。したがって、小川征也弁護士からの内容証明郵便が平成六年一〇月等に出されたことを被控訴人が知ったとしても、これを現実に受領していない以上、被控訴人が右内容証明郵便に控訴人らの遺留分減殺の意思表示が記載されていることを了知することができたとはいえないというほかない。

以上によれば、平成六年一〇月二八日付け内容証明郵便等による控訴人らの遺留分減殺の意思表示が留置期間経過によって、控訴人らの代理人である小川征也弁護士に返送されている以上、右意思表示が一般取引観念に照らし、被控訴人の了知可能の状態ないし勢力範囲に置かれたものとはいえないことは明らかであるし、控訴人らは、被控訴人の自宅の所在地を知っているのであるから、直接被控訴人宅に出向いて、遺留分減殺の意思表示をするなどの他の方法を採ることも可能であったというべきであり、控訴人らの側として常識上なすべきことをなし終わったものともいえない。また、被控訴人において正当な理由なく控訴人らの遺留分減殺の意思表示の受領を拒絶したと認めるに足りる証拠もない。

2  普通郵便による遺留分減殺の意思表示について

小川征也弁護士の平成六年九月一四日付け普通郵便(甲六号証)の記載内容等の前記認定事実に照らすと、右普通郵便に控訴人らの遺留分減殺の意思表示が含まれているとは到底いえないというべきである。

二  以上によれば、控訴人らの本件請求をいずれも棄却し、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

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